ゴロ世界史

663年 白村江の戦いの語呂合わせ

663年、滅亡した百済の復興を助けようと海を渡った倭(日本)の水軍が、錦江の河口・白村江で唐と新羅の連合軍に大敗した。倭は数百隻の船を失い、百済の復興は完全に断たれる。これで倭は、四世紀以来つながりを持ってきた朝鮮半島から手を引くことになった。

敗戦の影響は日本列島の側に深く及んだ。唐と新羅の来襲に備えて北九州に水城を築き、対馬から大和にかけて朝鮮式山城を並べ、防人を置いた。都は内陸の近江へ移される。外に出る力を失った代わりに内を固める方向へ舵が切られ、律令国家の建設が急がれた。東アジアの国際関係と日本古代史が交わる画期として問われる。

みんなの語呂(2件)

「これで覚える」は1つの事象につき1つだけ選べます。選び直すと、そちらへ移ります。

  • 白(白村江)むムーミン(663)村、夜明けの景色

    編集部2026/8/28

    編集部選評

    ムーミンで663を取る。む で6、伸ばす音でもう一度6、み で3。**長音を一桁として数える**手つきが目を引く。伸ばし棒は普通なら捨て音になるところで、そこに数字を持たせた例はそう多くない。

    地名の拾い方も丁寧である。白村江の三字のうち、白 は「白む」に、村 は「ムーミン村」に入っていて、句のなかに二字までが実物として置かれている。落ちているのは 江 だけだ。音を似せて丸ごと差し替えるのではなく、漢字を分けて別々の語に住まわせている。

    そして「白む」の二重性がこの句の芯にある。地名を呼び出す語であると同時に、夜が明けるという意味の動詞でもあり、続く「夜明けの景色」がそれを言い直す。一語が二つの仕事をして、しかも二つ目の仕事のほうが句全体の絵を決めている。

    夜明けという絵は、負けた側にこそふさわしい。この戦いで倭は数百隻を失い、百済の復興を諦め、四世紀以来関わってきた半島から手を引いた。だが引いた先で、水城を築き、山城を並べ、都を内陸へ移し、律令国家の建設を急ぐことになる。外へ出る道が閉じたところから、内を固める時代が始まった。敗戦の翌朝から明けはじめた夜がある。

    留保をひとつ。誰と誰の戦いかが句に無い。唐も新羅も百済も倭も出てこないので、この句が呼び出すのは地名と年だけである。ムーミン村と白村江のあいだに意味の接点が無いのも確かで、繋いでいるのは 村 の一字だけになっている。

  • 無(む・6)理な援軍、無(む・6)残(ざん・3)な敗北。白村江で倭は半島から退く

    編集部2026/8/28

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