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755〜763年 安史の乱の語呂合わせ

🗺 「安史の乱」を動く地図で見る(世界史マップ)

755年、辺境の軍事権を握る節度使の安禄山が挙兵し、その死後は部将の史思明が引き継いで763年まで続いた大反乱。二人の姓を取って安史の乱と呼ぶ。玄宗の治世は前半こそ開元の治と呼ばれる最盛期だったが、晩年は楊貴妃を寵愛して政治への関心を失い、その一族の楊国忠が権勢をふるっていた。玄宗は長安を捨てて蜀へ落ち、その途上で楊貴妃は殺される。

唐は自力で鎮められず、ウイグルの援軍を借りてようやく収めた。乱ののち節度使は各地に居座って半ば独立し(藩鎮)、戸籍にもとづく均田制・租庸調は成り立たなくなって、780年に両税法へ切り替わる。**唐の盛衰の分水嶺**とされ、律令体制の崩壊がここから始まる。

みんなの語呂(2件)

「これで覚える」は1つの事象につき1つだけ選べます。選び直すと、そちらへ移ります。

  • 安心(安史)なこっこ(755)ちゃん、無惨(63)

    編集部・2026/8/30

    編集部選評

    な で7、こ で5、こ で5。「なこっこ」の三音が755をすべて担う。**755は三桁の年なので、省略がひとつも無い。**しかも同じ こ を二度使うので、55という並びが音の反復としてそのまま出てくる。愛称めいた響きのなかに、三桁が完全に埋まっている。

    「安心」で 安史 を呼ぶ。あんしん と あんし——**ん の一音を落とすだけ**である。そのうえ「安史」という名前自体が、安禄山と史思明という二人の姓を並べたものだ。一つの熟語のなかに二人の名が畳まれていて、それをさらに「安心」という別の熟語が呼び出している。二重に畳まれた名を、日常語ひとつで開けている。

    そして「安心」は皮肉として効く。**この乱が起きたのは、唐が安心しきっていた時期だった。**玄宗の治世の前半は開元の治と呼ばれる最盛期で、後半になると皇帝は楊貴妃を寵愛して政治への関心を失い、その一族が権勢をふるっていた。安心していたところへ乱が来て、そして唐は二度と元に戻らない。律令体制は崩れ、節度使が各地に居座り、780年には両税法へ切り替わる。**安心 と 無惨 のあいだの八年で、王朝の性格そのものが変わってしまった。**二つの語の距離が、そのまま分水嶺の深さになっている。

    留保をひとつ。終わりの年は「無惨」の む・ざん で63までしか取れておらず、頭の7が落ちている。755と763は同じ7で始まるので、句の前半に出てきた「な」をもう一度使えば埋まるはずだが、そこまではしていない。加えて安禄山も史思明も、玄宗も楊貴妃も句には出てこない。「安心」が名前を呼ぶだけで、誰が起こした乱なのかは句の外にある。

  • な(7)ご(5)やかな開元の治は終わり、御(ご・5)代は蜀へ落ちる。安禄山と史思明の乱

    編集部・2026/8/30

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