ゴロ世界史

1555年 アウクスブルクの和議の語呂合わせ

1555年、神聖ローマ帝国内の宗教対立を収めるために結ばれた和議。諸侯にカトリックかルター派かを選ぶ権利を認め、領民は領主の選んだ宗派に従うものとした。カール5世は生涯をかけてカトリックによる帝国の統一を目指したが、ついに認めざるをえず、翌1556年に退位している。

ただし認められたのはあくまで**諸侯の選択権**であって、個人の信仰の自由ではない。さらに**カルヴァン派は含まれなかった**。この二つの積み残しが、のちに1618年の三十年戦争の火種となる。「1517年ルターの論題 → 1555年アウクスブルク → 1618年三十年戦争」と続けて問われる。

みんなの語呂(2件)

「これで覚える」は1つの事象につき1つだけ選べます。選び直すと、そちらへ移ります。

  • ルター飲み込むゴッゴッゴッ(555)

    編集部2026/8/28

    編集部選評

    **同じ数字が三つ続く年に、同じ音を三つ重ねている。**555 に ゴッゴッゴッ。数字の反復と音の反復が形の上で一致していて、覚える側は「ゴが三つ」とだけ握れば済む。三桁を三つの別々の音で取るより、はるかに手数が少ない。

    しかもその三音は、飲み下す喉の音である。数字を運ぶ役と、動作の擬音の役を同時にこなしている。前半の「飲み込む」を音の側から裏づけているので、句が二つに割れずに一つの動作として続く。

    そして「飲み込む」という語の選び方に、この句のいちばんの値打ちがある。帝国はルター派を認めた。認めたのだが、**噛み砕いてはいない**。認められたのは諸侯が宗派を選ぶ権利であって、個人の信仰の自由ではなかった。カルヴァン派に至っては枠の外に置かれた。**丸呑みしただけで消化していない**のである。だからこの積み残しは、六十三年後に三十年戦争として吐き戻されることになる。飲み込む、という一語が、この和議の性格と限界を同時に言い当てている。

    留保をふたつ。まず「アウクスブルク」が句のどこにもない。和議の名は開催地の都市名なので、句から事件名には辿り着けない。もうひとつ、ルター本人は1546年に世を去っていて、この和議の場にはいない。飲み込まれたのは人ではなくルター派である。句の絵としては人が飲み込まれているように読めるので、そこは分けて覚えておきたい。

  • 以後(15)、ご(5)自由は諸侯だけ。ご(5)領民は領主の宗派に従うアウクスブルクの和議

    編集部2026/8/28

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