ゴロ世界史

1740〜1748年 オーストリア継承戦争の語呂合わせ

1740年、ハプスブルク家を女性のマリア=テレジアが継いだことに異議を唱えて、プロイセンのフリードリヒ2世が工業地帯シュレジエンへ侵攻した。フランスやバイエルンがプロイセン側につき、イギリスはオーストリア側に立つ。北アメリカでは英仏がジョージ王戦争として戦った。

1748年のアーヘンの和約でマリア=テレジアの相続は認められたが、シュレジエンはプロイセンのものとなる。奪回を期したマリア=テレジアは、二百年の宿敵だったフランスと手を結び(**外交革命**)、1756年からの七年戦争へ向かう。**名前の似たスペイン継承戦争(1701〜13年)との取り違え**に注意したい。争点はスペイン王位ではなくシュレジエン、講和はユトレヒト条約ではなくアーヘンの和約である。

みんなの語呂(2件)

「これで覚える」は1つの事象につき1つだけ選べます。選び直すと、そちらへ移ります。

  • 梨を(740)取り合って、オスの決勝(オーストリア継承)

    編集部2026/8/28

    編集部選評

    な で7、し で4、そして助詞の「を」で0。**意味を持たない一音に桁を担わせる**手つきで、おかげで「梨を」という二語には数えるところが見当たらない。三桁が三音に収まっていて、無駄がまったく無い。

    事件名の寄せ方も面白い。オスの で オース(トリア)、決勝 で 継承。**けっしょう と けいしょう は、っ と い が入れ替わるだけの距離しかない。**そのうえ決勝という語が、争いの場面を勝手に立ち上げてくれる。梨を取り合う男たちの決勝戦、という一行が、意味としてきちんと完結している。

    そして「取り合う」が、この戦争の性格に当たっている。**争われたのはシュレジエンという一つの土地だった。**マリア=テレジアの相続に異議を唱えたフリードリヒ2世が工業地帯へ侵攻し、周りの国が次々と加わっていく。1748年に相続そのものは認められたが、土地はプロイセンが持って行った。継承をめぐる争いのように始まって、実際に取り合っていたのは一つの果実だったのである。

    留保をひとつ。決勝と言うからには勝ち負けが決まりそうだが、この戦争は決着していない。マリア=テレジアはシュレジエン奪回を諦めず、宿敵フランスと手を結んで(外交革命)七年戦争へ進む。**決勝の次に、もう一度決勝があった。**加えて1748年のアーヘンの和約も句にない。よく似た名前のスペイン継承戦争と取り違えないためには、講和条約の名で区別するのが確実なのだが、そこは句の外に置かれている。

  • 否(いな・17)、女は継げぬと四(よ・4)面楚歌。押(お・0)し返したマリア=テレジア

    編集部2026/8/28

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