1896年 アドワの戦いの語呂合わせ
1896年、エチオピア皇帝メネリク2世の軍が、侵攻してきたイタリア軍をアドワで撃破した。メネリク2世は列強から近代的な小銃と大砲を買い集め、地方の諸勢力をまとめて数万の兵を動員していた。ヨーロッパの軍を正面から破ったこの勝利により、エチオピアはリベリアと並んで分割期のアフリカで独立を保った数少ない国となる。
敗報はイタリア政府を倒し、勝利の報せは大西洋を越えて植民地支配の下にある人々に伝わった。のちの汎アフリカ主義がこの一戦を旗印にしたのはそのためである。雪辱を期すイタリアは1935年、ムッソリーニのもとで再び侵攻してエチオピアを一時占領した。「1896アドワで撃退 → 1935再侵攻 → 1941独立回復」の三段で押さえたい。
みんなの語呂(2件)
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ドアは黒(はくろ・896)い
編集部・2026/8/28
編集部選評
六音しかない。その六音に、事件名と三桁の数字が両方入っている。
仕掛けは「は」の一音にある。「ドアは」まで読むと助詞に見えるが、この「は」は同時に「はくろ(896)」の頭でもある。一音が二つの仕事を掛け持ちしていて、だから六音で足りている。そして「ドアは」は、並べ替えれば アドワ になる。音を数字に変える仕事と、音を並べ替えて別の語にする仕事が、同じ六音の上で同時に走っている。
「黒い」は音のために置かれた語だろう。だがアドワは、アフリカの軍がヨーロッパ列強の軍を正面から破った稀有な戦いで、その報せは大西洋を越え、植民地支配の下にある人々のあいだで語り継がれた。のちの汎アフリカ主義がこの一戦を旗印に選んだのは偶然ではない。音合わせで置かれた一語が、この戦いが背負ってきた意味のすぐ近くに落ちている。
留保をひとつ。並べ替えは、数字の読み替えと違って読み手の側に一度の気づきを要求する。ドアは が アドワ だと分かるまで、この句はただの黒いドアでしかない。気づいたあとの定着は強いが、気づかせる手がかりが句の中に無い。エチオピアもイタリアも入っていないので、頼れるのは896の三桁だけになる。
嫌(18)な苦労(くろう・96)の末、メネリク2世がイタリアを退ける
編集部・2026/8/28