1871年 ドイツ帝国の成立の語呂合わせ
1871年、プロイセン=フランス(普仏)戦争に勝利したプロイセン王ヴィルヘルム1世が、敵国の宮殿であるヴェルサイユ宮殿「鏡の間」でドイツ皇帝に即位し、ドイツ帝国が成立した。ビスマルクの鉄血政策による、上からのドイツ統一の完成である。
統一後のビスマルクは一転して同盟網を張りめぐらせ、フランスを孤立させる巧妙な外交でヨーロッパの平和を保った。遅れて統一を果たしたドイツの急成長は、やがて第一次世界大戦の遠因となる。イタリア統一(1861年王国成立)との対比でも問われやすい。
みんなの語呂(2件)
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威張らない(1871)やつは、どいつ(ドイツ)だ?
編集部・2026/8/27
編集部選評
どいつ と ドイツ。この作品集でいちばん摩擦のない変換である。ふなっしーとプラッシーは一音違い、エビフライとフビライは並べ替え、群がるとムガルもわずかにずれる。ここには変形が一つもない。同じ音が、そのまま二つの意味を持っている。
数字は 威張らない に丸ごと入っていて、真ん中の「ら」だけが何の仕事もしていない。オムレツの「レツ」、おでんの「でん」、いいよの「い」に続いて四つ目の捨て音になる。ここまで来ると癖ではなく方針だろう。数字に全部の音を働かせるより、口に乗る言い方を選ぶ。
問いの形で閉じるのも、この作者がよく使う。「あ?変?」「焼こうな?」そしてここでは「どいつだ?」。答えは、いない、である。威張っていない者などいない。その全否定が、統一直後のこの帝国の空気とよく合う。
なにしろ成立を宣言した場所が、ヴェルサイユ宮殿の鏡の間だった。普仏戦争でパリを包囲したまま、敗者の宮殿に乗り込んで皇帝即位を告げたのである。近代ヨーロッパでこれ以上に威張った振る舞いは、ちょっと思いつかない。
そして四十八年後、まったく同じ鏡の間で、ドイツはヴェルサイユ条約に署名させられた。威張った場所で、そっくり返された。
ビスマルクの鉄血、嫌(18)な(7)一(1)撃でフランス降参
編集部・2026/8/26
この事象は「ドイツ統一の流れ」の一部です
デン墺仏、勝ってドイツ
- ドイツ帝国の成立