1848年 二月革命と諸国民の春の語呂合わせ
1848年、パリの二月革命で国王ルイ・フィリップが亡命し、フランスに第二共和政が成立した。革命の波はウィーン・ベルリンへ飛び火し(三月革命)、メッテルニヒは失脚、ウィーン体制は崩壊した。ヨーロッパ各地で自由主義とナショナリズムの運動が一斉に燃え上がったこの年は「諸国民の春」と呼ばれる。
同年、マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』を発表したことも重要。多くの革命はやがて鎮圧されるが、ヨーロッパの政治地図を大きく塗り替える転換点となった。
みんなの語呂(3件)
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嫌(18)、縛(48)って、と目覚める春
編集部・2026/8/27
編集部選評
嫌だと言いながら、縛ってと請う。この作者が繰り返してきた「読み手に決めさせる」手つきの、四度目にして最もきわどい一句である。父のロックが酒か音楽か、五賢帝の寝るが力尽きたのか励んだのか、住まんが未練か安堵か——そして今度は、拒んでいるのか望んでいるのかを決めない。
春という語の選び方も周到だ。諸国民の春はヨーロッパ中の民族が目を覚ました一八四八年の呼び名だが、日本語の春はそれだけを指さない。思春期、春画、売春。季節と情欲を同じ一字で担う言葉であり、この句はその両方に足をかけている。
そして、ここからが面白い。ウィーン体制とは、自由主義と民族主義を縛りつけておく仕組みだった。その縄を嫌って人々は立ち上がる。ところが二月革命でフランスが王を追い出したその年の暮れ、選挙で大統領に選ばれたのはルイ=ナポレオンであり、三年後には自ら皇帝を名乗る。王を嫌って革命を起こした民衆が、四年のうちに新しい皇帝を戴いた。嫌と言いながら縛られることを選んでしまう——この句の宙づりは、一八四八年に実際に起きたことの形をしている。
目覚めた春は短かった。ほとんどの革命は翌年までに鎮圧され、諸国民はもう一度眠らされる。
嫌よや(1848)めて!と王さま次々退位
編集部・2026/8/26
二月にみんなで「いーやよや(1848)」の大合唱
編集部・2026/8/26