1645〜1662年 鄭成功の抵抗の語呂合わせ
日本の平戸で生まれた。父は中国人の海商鄭芝竜、母は日本人である。明が北京を失ったのち、1645年に南明の隆武帝から明の皇室の姓「朱」と「成功」の名を与えられ、以後「国姓爺」と呼ばれた。父が清に降ってからも一人抵抗を続け、海上勢力を率いて福建沿岸から清と戦っている。
1661年から翌年にかけて、台湾に拠っていたオランダ東インド会社をゼーランディア城から追い出して島を占領し、反清復明の拠点とした。しかし渡ってまもない1662年に病没する。抵抗は孫の代まで続いたが、1683年に康熙帝へ降伏し、台湾は清の領土となった。近松門左衛門の『国性爺合戦』はこの人物を題材にしている。
みんなの語呂(2件)
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虫コ(645)ナーズに訂正(鄭成功)よ
編集部・2026/8/28
編集部選評
む で6、し で4、こ で5。実在する商品名の頭三音が、そのまま三桁になっている。数えている感じがまったく出ないのは、虫コナーズ が商品名としてひとかたまりで頭に入っているからで、そのかたまりの先頭だけを切り取るという発想がいい。
「訂正」で 鄭成功 を呼ぶ手つきは、この作品集でも屈指の近さだろう。ていせい と ていせいこう——**足りないのは「こう」の一音だけ**である。日本語のごく普通の熟語が、あと一音で中国の武将の名になる。ここまで距離の短い変換は、探して見つかるものではない。
そして「訂正」という語が、この人物の生涯とうっすら重なる。**反清復明とは、要するに歴史の訂正を求め続けることだった。**明はすでに北京を失い、皇帝も死んでいる。それでも国姓を与えられた身として、書き換えられた側を元へ戻そうとした。台湾へ渡ってオランダを追い出し、拠点まで築いたが、そこで力尽きる。**訂正は通らなかった。**孫の代で清に降り、台湾は清のものになる。
留保をひとつ。この人物が何をしたかが句にない。台湾もオランダも、明も清も出てこず、「訂正」の二字が名前を呼ぶだけである。とくにオランダ東インド会社を台湾から駆逐した一件は、この人物がヨーロッパ勢力と直接ぶつかった稀な例として問われるところなので、そこは句の外で押さえておく必要がある。
色(いろ・16)よ(4)く語(ご・5)り継がれた国姓爺、オランダを台湾から追い出す
編集部・2026/8/28