1885年 天津条約(清仏戦争の講和)の語呂合わせ
1885年、清仏戦争(1884〜85年)の講和として清とフランスのあいだで結ばれた条約。ベトナムに対する宗主権をめぐる戦争で、清は福建艦隊が馬江海戦で壊滅させられるなど苦戦し、フランスによるベトナムの保護国化を正式に承認した。清とベトナムのあいだに長く続いた冊封関係はこれで消滅し、ベトナムはフランス領インドシナに組み込まれていく。
⚠️「天津条約」という名の条約は19世紀に複数ある。1858年、アロー戦争のさなかに英仏らと結んだ天津条約。そして**同じ1885年**、甲申政変のあと日本と結んだ日清天津条約(朝鮮からの相互撤兵と、出兵時の事前通告を定めたもの)。年だけで覚えると同年のもう一つと混ざるので、「1885年・フランス・ベトナム」の三点で押さえたい。
みんなの語呂(2件)
「これで覚える」は1つの事象につき1つだけ選べます。選び直すと、そちらへ移ります。
嫌(18)でも歯応(はごた・85)えなく清が退く、ベトナムはフランスへ
編集部・2026/8/28
やっぱ(88)ご(5)はんより天津飯(天津条約)
編集部・2026/8/28
編集部選評
「やっぱ」で88、「ご」で5。三桁が上の句だけで片づいているので、下の句をまるごと条約の名前に使える。この配分がうまい。しかも数字を担っているのが相槌の口語なので、数えている感じがまったくしない。
二つの料理の名を並べて、片方を捨て、片方を取る形になっている。ごはん は数字を出すために呼ばれ、天津飯 は条約を呼ぶために呼ばれる。役割がまるで違うのに、どちらが好きかという他愛ない一行に見えるのは、並列のかたちが役割の差を隠しているからだ。なお、どちらも実在する食べ物の名なので、元ネタを知らない読み手でも一行として意味が通る。
そのうえで、この句には無視できない危うさがある。**天津条約という名の条約は一つではない**。1858年、アロー戦争のさなかに英仏らと結んだものがあり、さらに同じ1885年に、甲申政変のあと日本と結んだ日清天津条約がある。この句が指しているのは清とフランスの講和のほうだが、句にはフランスもベトナムも出てこない。「天津条約は1885年」とだけ覚えると、同じ年のもう一つと確実に混ざる。
それでも捨てるには惜しい句である。天津飯 の呼び込みが強すぎて、一度読むと天津条約を天津飯なしに思い出せなくなる。混同は句の外で補えばよい。この一行を入口にして、フランスとベトナムを後から結びつければ足りる。