1949年 中華人民共和国の成立の語呂合わせ
1949年10月1日、毛沢東が北京の天安門で中華人民共和国の成立を宣言した。日中戦争後に再燃した国共内戦で共産党が国民党を破った結果で、敗れた蒋介石と国民党は台湾へ退き、中華民国政府を存続させる。翌1950年には中ソ友好同盟相互援助条約を結んで東側陣営に入った。
1971年には国連代表権を獲得し、台湾の中華民国に代わって安全保障理事会の常任理事国となる。1972年のニクソン訪中を経て、1979年にアメリカと国交を樹立した。「1949年建国 → 1971年国連代表権 → 1972年ニクソン訪中 → 1979年米中国交樹立」の順で問われる。
みんなの語呂(2件)
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毛がザワ(沢)ッとして休職(949)、新中国
編集部・2026/8/28
編集部選評
人名の二字が、文法上まったく別の役割に分かれて置かれている。「毛」は主語として立ち、「ザワ」は擬態語として動きを出す。読んでいるあいだ二つは無関係な語に見えていて、あとから毛沢という一つの名前だと気づく。濁点を跨いで ざわ から 沢 を取る手つきも軽い。
数字は「休職」が担う。きゅう で9、し で4、く で9。二字の熟語に三桁が収まっていて、しかも職場の話にしか見えない。革命の年号だという気配が、句のどこにも出ていない。
そのうえで、意味は史実の逆を向いている。1949年10月1日、毛沢東は天安門に立って建国を宣言した。休むどころか、生涯で最も働いた年だろう。
ところが面白いことに、**この年に本当に職を退いた人物がいる**。国民党の蒋介石は1949年1月に総統の座を降りて李宗仁に代理を委ね、翌年、台湾で復職した。休職して復職している。語呂のために置かれた二字が、句の外にいる敗者のほうにぴたりと当たっていた。
留保をひとつ。いま述べたことは、そのまま危うさでもある。句の主語は「毛」なので、素直に読めば毛沢東が休職したことになる。数字としては完璧に働いているのに、意味の上では逆を教えかねない。「新中国」の三字が事件名を届けてくれるので大事には至らないが、**この句で覚えるなら、休んだのは毛ではないと一度だけ確認しておく必要がある**。
行(19)く末は台湾へ、四苦(しく・49)の国民党。北京では十月一日に建国宣言
編集部・2026/8/28