ゴロ世界史

1969〜1974年 ニクソン政権(訪中から辞任まで)の語呂合わせ

1969年に就任したアメリカ大統領。ベトナム戦争からの「名誉ある撤退」を掲げ、1971年には金とドルの交換を停止して戦後の国際通貨体制を転換させた(ドル=ショック)。1972年2月には電撃的に中国を訪問して毛沢東・周恩来と会談する。中ソ対立とベトナム戦争を背景にした米中接近は世界を驚かせ、上海コミュニケで関係正常化の方向が示された(国交樹立は1979年)。同じ年にソ連も訪れ、1973年のパリ和平協定で米軍のベトナム撤退を実現している。

しかし1972年の大統領選挙中に起きた民主党本部への盗聴侵入と、その隠蔽への関与が報道と議会の追及で明るみに出た(ウォーターゲート事件)。弾劾が避けられない情勢のなか、1974年8月に辞任する。任期の途中で辞めた史上初のアメリカ大統領となった。「1971年ドル=ショック → 1972年訪中 → 1973年パリ和平協定 → 1974年辞任」と、在任中の出来事が年ごとに問われる。

みんなの語呂(2件)

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  • 行(19)く先を向(むく・69)け変えた大統領、ニクソン就任

    編集部2026/8/28

  • ニクソン、にんにく黒く(969)、何(72)!? 梨は芳醇(訪中)でナシ(74)に!

    編集部2026/8/28

    編集部選評

    **三つの年が入っている。**くろく で969、なに で72、なし で74。期間を挟む句は始点と終点を持つのが普通だが、この句は途中の一点まで挿している。しかもその真ん中が、在任中で最も問われる出来事に当たっている。

    「何!?」の二役が鮮やかだ。な で7、に で2を取りながら、同時に驚きの声そのものになっている。そして当時の世界は、本当にこの声を上げた。ベトナムで共産圏と戦っている最中に、筋金入りの反共の政治家が予告なしに北京へ飛んだのである。日本は頭越しにやられて衝撃を受けた。語呂のための音が、1972年2月に世界が上げた声と一致している。

    後半は仕掛けが三重になっている。芳醇 で訪中を呼び、「なし」を二度使う——一度目は梨という果物として立て、二度目は無しという否定に転じる。同じ二音が、74という数字と、政権が消えるという出来事の意味を同時に運ぶ。果物を出しておいてから無に変える手順があるので、転落が句の上でも起きている。

    上り詰めた頂点と転落が、この句のなかでは二音しか離れていない。実際にも二年しか離れていない。北京で握手した大統領が、二年後には弾劾を避けて辞めた。**句がその近さを、そのまま近さとして写している。**

    留保をひとつ。どの年がどの出来事かは、句のなかでは決まっていない。72だけは「何!?」と訪中が並んで明示されるが、969が就任で74が辞任だという対応は、期間から逆算するほかない。加えて辞任の理由——ウォーターゲート事件——は句の外にある。「ナシに」は結果だけを言って、なぜ無しになったかには触れない。三つの年を積んだ代償が、ここに出ている。

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