1782〜1932年 ラタナコーシン朝(チャクリ朝)の成立と立憲革命の語呂合わせ
1782年、ラーマ1世がバンコクを都として開いたタイの王朝。チャクリ朝とも呼ぶ。ラーマ4世(モンクット)とラーマ5世(チュラロンコン)が司法・行政・教育の近代化を進め、イギリス領ビルマとフランス領インドシナに挟まれた緩衝地帯という位置も生かして、東南アジアで唯一、植民地にならずに独立を保った。
1932年、人民党によるクーデタ(立憲革命)で絶対王政が終わり、立憲君主制へ移行する。⚠️**王朝そのものが1932年に終わったのではない**。ラタナコーシン朝は現在まで続いており、この年に終わったのは絶対王政のほうである。「東南アジアで唯一独立を保った国」として、周辺が植民地化されていく年表のなかで対比的に問われる。
みんなの語呂(3件)
「これで覚える」は1つの事象につき1つだけ選べます。選び直すと、そちらへ移ります。
高身長だったらなー(ラタナコーシン)、なやつ(782)
編集部・2026/8/28
編集部選評
王朝名を半分に割って、前後をひっくり返している。「高身長」で コーシン、「だったらなー」で タラナ。ラタナコーシン は らたな+こーしん の順に並ぶ名前だが、この句は こーしん+たらな と逆に置いた。順番を保ったまま音を合わせるほうが普通は易しいのに、あえて崩れた側から組み直している。それでも読めてしまうのは、五音のうち四音までが揃っているからだろう。
「なやつ」で782。な で7、や で8、つ で2。ここでも つ が2を担っている。目を引くのは8に や を選んだことで、は でも ば でもよかったはずのところを や にしたおかげで、「〜なやつ」という日常の言い回しにそのまま着地した。数字の都合が言葉を歪めるのではなく、言葉の自然さが読みを決めている。
一行に人物が一人立ち上がる。背が高ければなあ、と思っている誰かである。そしてその人物は、王朝とは何の関係もない。
関係がないどころか、逆を向いている。この王朝がやったのは、ないものねだりの反対だった。持っていない力を嘆く代わりに、イギリス領ビルマとフランス領インドシナに挟まれているという、持っている条件のほうを使って独立を保った。句の人物と史実の王朝は正反対である。音が史実に当たる句がある一方で、こういう食い違いも記憶には働く。噛み合わないからこそ、並べたときに差が際立つ。
留保をひとつ。担っているのは開始年の782だけで、1932は入っていない。開始年だけの句は普通に受け入れられるものなので、それ自体は欠点ではない。ただし同じページには二つの年を両方とも担う句が並んでいるので、比べられる位置に立つことにはなる。
否(いな・17)、やつ(82)らには渡さぬ。バンコクに開いたラタナコーシン朝
編集部・2026/8/28
コナン新一(ラタナコーシン・1)、七発(ななはつ・782)、草に(932)おみまいする
編集部・2026/8/28
編集部選評
「七発」の三音で782を取る。なな で7、は で8、そして つ で2。この つ が効いている。ふたつ の頭音から2を引いてくる手で、いち・に・さん の系列でも ひと・ふた・みっ の系列でもない、第三の入口から数字を持ってきている。三音で三桁は無駄がない。
構造の見どころは継ぎ目のほうにある。「新一」の 一 が1を出し、その1がそのまま「七発」の782の頭に接続して1782になる。**名前の末尾の一音が、年号の先頭の桁を兼ねている**。人名と数字が別々に並んでいるのではなく、同じ一音を分け合って噛み合っているので、句を切ろうとしても切れ目が見つからない。
王朝名の拾い方は大胆である。コナン と シン で、ラタナコーシン の ナ・コー・シン を拾い、頭の ラタ は捨てている。半分ほどしか合っていないが、有名な名前を通したぶん、足りない音は読み手の記憶が補う。
「七発おみまいする」の勇ましさは、史実より少し強い。この王朝が独立を保てたのは殴り返したからではなく、英領ビルマと仏領インドシナに挟まれた位置を生かし、譲れるところを譲りながらかわし続けたからである。とはいえ、東南アジアで唯一、列強に飲み込まれなかった。殴られっぱなしではなかったという一点で、句は的を外していない。
留保をひとつ。1932年に何が起きたのかが句に無い。この年のクーデタで終わったのは**絶対王政**であって、王朝ではない。ラタナコーシン朝は現在まで続いている。二つの年を挟む句は「そこで終わった」と読ませる力が強いので、ここは句の外で補っておかないと、王朝が滅んだと覚えてしまう。