1989年 マルタ会談(冷戦の終結)の語呂合わせ
1989年12月、地中海のマルタ島沖に停泊した船上で、アメリカのブッシュ大統領(父)とソ連のゴルバチョフ書記長が会談し、冷戦の終結を宣言した。この年の11月にベルリンの壁が崩れ、東欧諸国の体制が次々と倒れていくなかでの会談である。
第二次世界大戦末期の1945年、クリミア半島のヤルタで米英ソが戦後処理を話し合ったことが冷戦の始点とされる。それから44年、同じ地中海の島で幕が下りた。**「ヤルタからマルタへ」**と韻を踏んで語られるのはこのためである。ソ連自体の解体は2年後の1991年で、冷戦の終結とソ連の消滅は別の年である点に注意したい。
みんなの語呂(2件)
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丸田湊斗(マルタ会談)、行くぞ(19)野球(89)で冷戦終結!
編集部・2026/8/28
編集部選評
い で1、く で9、や で8、きゅう で9。行くぞ と 野球 という、どちらも日常の語で四桁を割り切っている。とりわけ「野球」が二桁を一語で担っているのがいい。や と きゅう が、そのまま8と9になる。スポーツの名を、分解せずに数字として使える例はそう多くない。
会談名は実在の人名を通して呼ぶ。丸田 で マルタ を取り、湊斗 のほうは数字も語も担わない。ただ、この二字があることで丸田が姓として立ち、一人の人物として画面に入ってくる。**担わない語が、担う語を人名らしく見せている。**
留保をひとつ、そして大きい。**「会談」が句のどこにもない。**マルタは地名なので、丸田 だけでは島の名を呼んだのか会談を呼んだのか決まらない。同じ1989年にはベルリンの壁の崩壊もあり、こちらのほうが有名である。「冷戦終結」の四字が結びに置かれているので大枠は外さないが、壁の崩壊と取り違える経路は開いたままだ。
もうひとつ添えておきたい。この会談で終わったのは冷戦であって、ソ連ではない。ソ連の解体は2年後の1991年である。句の「終結」という語は強く、すべてが終わったように読めるが、終わったのは対立の構図のほうだった。
ヤルタからマルタへ、行(19)く先は冷戦の終わり。約(89)半世紀の対立に幕
編集部・2026/8/28