ゴロ世界史

1876年 日朝修好条規(江華条約)の語呂合わせ

🗺 「日朝修好条規」を動く地図で見る(世界史マップ)

1875年、日本の軍艦が朝鮮の江華島付近で挑発して砲撃を受け、これに応戦した(江華島事件)。日本はこれを口実に開国を迫り、翌1876年に日朝修好条規を結ばせた。釜山など3港の開港、日本の**領事裁判権**、そして**関税免除**を認めさせる内容である。

日本が幕末に欧米から押しつけられた不平等条約の構造を、そっくりそのまま朝鮮に転嫁した条約だった。条文では朝鮮を「自主の邦」と規定して清の宗主権を否定しており、その後の日清の対立の出発点にもなる。「1875年江華島事件 → 1876年日朝修好条規 → 1882年壬午軍乱 → 1884年甲申政変 → 1894年日清戦争」の流れで問われる。

みんなの語呂(2件)

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  • 八村塁(876)、超シュート向上期(日朝修好条規)

    編集部・2026/8/30

    編集部選評

    **中国語から数字を借りている。**は で8、む で6、そしてあいだの ち は、中国語の 七(チー)で7。語呂は日本語の訓読みと音読みの内側で完結させるのが常道で、この句はそこから一歩出た。日本の選手の名前のなかに、中国語の数詞がひとつだけ紛れ込んでいる。言われるまで気づかない。

    「超シュート向上期」で条約名を呼ぶ手つきも長い。ちょう で 朝、しゅーとこうじょうき で しゅうこうじょうき——**ト の一音を差し込むだけ**で、漢語の条約名がバスケットボールの上達期に化ける。八音を超える固有名詞を、意味の通る日本語の一続きに変えた例としては、この作品集でも長い部類に入る。

    そして「向上期」が、思いがけず正確である。**この条約で伸びたのは日本のほうだった。**前年の江華島事件を口実に、日本は朝鮮に3港を開かせ、領事裁判権と関税免除を認めさせた。幕末に欧米から押しつけられた不平等条約の構造を、そのまま隣国に転嫁したのである。押しつけられる側から押しつける側へ回った——それを向上期と呼ぶなら、まさに向上期だった。**ただし、褒め言葉としてではない。**

    留保をひとつ。「日」が句にない。超シュート向上期が運ぶのは「朝修好条規」までで、相手が日本であることは句の外にある。そして条約の中身——不平等であること——も入っていない。向上期という明るい語だけが残るので、**誰にとっての向上だったかを取り違えると、条約の性格ごと反転してしまう。**

  • 嫌(18)でも開けと江華島、な(7)ぜ無(む・6)関税か。日朝修好条規

    編集部・2026/8/30

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