1944年 ブレトン=ウッズ会議の語呂合わせ
1944年7月、まだ大戦の終わらないうちに、アメリカ・ニューハンプシャー州の避暑地ブレトン=ウッズへ連合国44カ国の代表が集まって開かれた通貨金融会議。戦間期の各国が通貨切り下げとブロック経済で争い、それが戦争の一因になったという反省が出発点にある。
国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD、世界銀行)の設立が決まり、金1オンス=35ドルで金と交換できるドルを基軸に据え、各国通貨をドルに固定する体制が築かれた(ブレトン=ウッズ体制)。この仕組みは1971年、ニクソンが金とドルの交換を停止するまで続く。「1944年ブレトン=ウッズ → 1947年GATT → 1971年ニクソン=ショックで崩壊」の流れで問われる。
みんなの語呂(2件)
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行(19)く道は固定相場、四四(しし・44)カ国が決めたIMFとIBRD
編集部・2026/8/28
ブレとる(ブレトン)。支持(44)して。
編集部・2026/8/28
編集部選評
し で4、じ で4。二音で二桁、それだけである。しかも「支持して」という、会議の場にいかにもふさわしい言葉で取っている。賛成を求める一言が、そのまま年号になった。短い句だが、削るところがひとつも残っていない。
「ブレとる」で ブレトン を呼ぶ。ぶれとる と ブレトン は、書き方を変えただけに見えるほど近い。口語のくだけた言い回しが、そのままアメリカの避暑地の名になっている。
そして**句は「ブレとる」と言うが、この会議が作ったのはブレない仕組みだった。**金1オンス=35ドルでドルを金に結びつけ、各国の通貨をそのドルに固定する。戦間期に各国が通貨を切り下げ合い、ブロック経済に閉じこもったことが戦争の一因になった——その反省から、為替のブレを止めるために開かれた会議である。ブレている、という指摘に対して、ブレない体制で答えた形になっていて、句と史実が正面から向かい合っている。
もうひとつ、これは偶然だろうが書いておきたい。**44は、この会議に集まった国の数でもある。**連合国44カ国の代表がニューハンプシャーの山あいのホテルに顔をそろえた。支持して、と呼びかけて44。呼びかけた先の人数がそのまま年号になっている。
留保をひとつ。何が決まったかが句にない。IMFとIBRDの設立も、金とドルの結びつきも、固定相場制も出てこない。そしてこの体制が1971年にニクソンの金ドル交換停止で終わることも。ブレない仕組みを作った会議だと分かっても、**その仕組みが27年で終わったことまでは、句は教えてくれない。**
同じ頃の出来事
- 1914年 第一次世界大戦の勃発
- 1917年 ロシア革命
- 1919年 ローラット法(ガンディーの非暴力抵抗の始まり)
- 1919年 三・一独立運動
- 1929年 世界恐慌
- 1931年 フーヴァー=モラトリアム
- 1939年 第二次世界大戦の勃発
- 1939年 独ソ不可侵条約
- 1946年 フィリピンの独立
- 1948年 ビルマの独立とネ=ウィン時代
- 1949年 NATO(北大西洋条約機構)の結成
- 1949年 中華人民共和国の成立
- 1960年 アフリカの年
- 1962年 キューバ危機
- 1963年 アフリカ統一機構(OAU)の結成
- 1965年 ベトナム戦争へのアメリカの本格介入
- 1967年 ASEAN(東南アジア諸国連合)の結成
- 1969年 ニクソン政権(訪中から辞任まで)
- 1973年 第4次中東戦争と第1次石油危機