1956年 ポーランドの十月(ゴムウカの復帰)の語呂合わせ
1956年2月のスターリン批判を受けて、東欧では自由化への期待が一気に高まった。ポーランドでは6月、工業都市ポズナニで待遇改善を求める労働者のデモが軍・警察と衝突して多数の死傷者を出す(ポズナニ暴動)。この混乱のなか、かつて民族主義的だとして失脚していたゴムウカが10月に統一労働者党第一書記へ復帰した。
ソ連は軍事介入の構えを見せたが、ゴムウカは**社会主義体制の堅持とワルシャワ条約機構への残留を約束して介入を思いとどまらせ**、そのうえで農業集団化の緩和など一定の自主路線を認めさせた。譲れる線を先に示して、譲れない部分を守った形である。同じ年に軍事介入を招いたハンガリーのナジ=イムレとの対比で問われる。
みんなの語呂(2件)
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ポッポ、ゴム(56)で羽化(生き延びた)
編集部・2026/8/30
行(19)くぞ交渉、こ(5)ろ(6)ばぬ先の残留宣言。ゴムウカは介入を回避
編集部・2026/8/30
この事象は「1956年 ゴムウカとナジ=イムレ」の一部です
ポッポゴム(56)羽化 / はっ!鼻血
- ポーランドの十月(ゴムウカの復帰)
- →ハンガリー動乱(ナジ=イムレの処刑)
同じ頃の出来事
- 1929年 世界恐慌
- 1931年 フーヴァー=モラトリアム
- 1939年 独ソ不可侵条約
- 1939年 第二次世界大戦の勃発
- 1944年 ブレトン=ウッズ会議
- 1946年 フィリピンの独立
- 1948年 ビルマの独立とネ=ウィン時代
- 1949年 中華人民共和国の成立
- 1949年 NATO(北大西洋条約機構)の結成
- 1950年 朝鮮戦争
- 1956年 ハンガリー動乱(ナジ=イムレの処刑)
- 1960年 アフリカの年
- 1962年 キューバ危機
- 1963年 アフリカ統一機構(OAU)の結成
- 1965年 ベトナム戦争へのアメリカの本格介入
- 1967年 ASEAN(東南アジア諸国連合)の結成
- 1969年 ニクソン政権(訪中から辞任まで)
- 1973年 第4次中東戦争と第1次石油危機
- 1978年 日中平和友好条約